-- 作者:宇婷
-- 发布时间:2004-12-20 14:05:23
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●張宇(Phil Chang)●
LAST UPDATE 2002/02/10
~ここは黒川先生の趣味を紹介するコーナーです。~ 2001年冬コミケにて発行された限定コピー本を購入された方はおわかりでしょうが、
今、 黒川先生は台湾の男性歌手張宇(Phil Chang)に夢中。
黒川先生の絶大なる希望のもとにこのコーナーは作られました。
漫画もあるから読んでいってね。 この文字色部分の文章は黒川あづさ先生が書きました。
(コピー本「苦歌王子」より転載)
黒川先生テキトー翻訳による
張宇パーソナルデータ 1967年4月30日、台湾台北生まれ。
10歳で初めてピアノを持つ。これより音楽とは切っても切れない仲に…!
中学生の時、初めて「白鴿」という曲を作る。彼のミュージシャンとしての人生が始まる。
同時期、音楽への情熱を抱きつつ4人の女の子とともに結成された
「稲草人合唱団」という音楽グループを結成。パートはギター。
20歳の時(逢甲大学銀行金融科1年)ICRT「青春之星」というコンクールに参加。
またこれより彼はフォーク、演歌など民間歌謡をレストランで頻繁に歌うようになる。
1992年、蔡宗政に見出され、大滾制作に所属。それから台湾芸能界に本格的進出。
ファーストアルバムを制作。1994年、自ら「喜得音楽製作所」を成立。
EMI科藝百代唱片に加盟することになる。
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以上、『張宇ベスト盤』のブックレットより書き写してみました。
以後、彼の輝かしい流行歌手生活が始まるワケですね。
『用心良苦』の大ヒットを始め、、それからというもの出す曲片っ端から売れ売れ状態。
1999年には中国大陸でも『月亮惹的禍』が大ヒットしたので、彼の音楽は大陸でもブレイクします。
一点の曇りも無い快進撃ぶりです。
しかしその一方で、一部の大陸の皆さんからの誹謗・中傷もあった模様。曰く
「張宇ってたいした唄歌いでもないのにさ」
「(奥さんの)十一郎の歌詞がいいから売れているだけなのにさ」
「顔、デカいクセにさ」
これらの中傷は、佐藤が大陸に居る時耳にしたものです。カンペキねたみ嫉妬って気もしますが。
なにしろ最後の一言が一番効きます。コレは本人だって
言われなくてもわかってるだろう、とゆうか本人が一番良くわかっていることだろうから、
あんまり言うべきではないと思います。まあ基本的に
声もよく、唄も巧いので顔の長さとか顔のデカさとかそんなところで
足引っ張るぐらいしかできないのでしょう。
そんな張宇ですが、それだけの人気歌手なのに
アイドルではないばっかりに日本での知名度はほとんどナシです。
日本でも有名なアーロンとかアンディに比べたら、情報量の少ないこと比べるのも寂しくなります。
哀しくなった佐藤が、少しでも張宇の唄の良さを広めたい、ということでこの本は制作されたのでした。
ですからこの本は張宇を目一杯誉めそやすのが目的です。
そして読んでくれた人が彼に興味を持って
中野のジャス●ンやら町田のオリエ●タルムーンやらへCDを買いに走ってくれたら…
望外の喜びでございます。
●張宇の歌について?● 張宇は基本的に自分で曲を書きます。そして美しくも感動的な詞を、
奥さんである十一郎が書きます。
大体そんな感じで彼の唄は構成されておるようです。概ね台湾の国語で歌われています。
率直でシンプルな旋律が、60~70年代の歌謡曲を聴いて育った世代には
懐かしくも、安らげるという感じ。
個人的には1994年の『用心良苦』などはもはや中華ポップスの名曲ではないかと思います。
1997年の『一個人的天荒地老』にいたっては歌詞の内容、テンポ、
旋律どれをとっても涙モノです。くう~~。張宇の曲は名曲が多い。
どんな曲かって、えーとタララ~ン、ラララン、タララ、ラララン…
--って、文字に書いたって説明できんぞ。書いてから気がついたですよ。
一見ならぬ一聴くの価値あり。初めてからそう書いときゃいいのか。
●張宇の体重変動?●
ディスコグラフィーとも言うかも 本当はジャケット画像つきだとよく分かるのですが、
著作権の関係上画像は載せられないのです。スマン。
本人のプロフィールに拠れば、張宇の体重は随時変わるものらしい。
2000年の夏には10kgほどのダイエットを敢行し、ファンの前に現れた。
顔のラインもすっきりし、若くなったと評判だが、そのときのアルバムタイトルが『奇跡』。
この意味を佐藤は、本人が10kgも痩せたこと自体が奇跡なのだろうと勝手に思い込んでいた。
ところが蓋を開けてみれば「音楽とはすなわちひとつの奇跡である」by張宇。
…という美しい意味が…!
ファンとしては失礼極まりない自分を反省。でもね。佐藤なりに
張宇の体重変動は気になるところなのでCDアルバムジャケットを参考に、
検証していきたいと思いますよ。 1995年
『一言難盡』 | 白のイメージで統一された、アイドルばりの写真がたくさん。しかしどの写真も俯き加減であったり、手が顔にかかっていたり、顔の全体を真正面から捉えることを微妙に避けているようなアングルで写っている。着ている服が白く膨張色である為か、痩せているようには見えない。 | 1996年
『消息。』 | 青を基調にした、レトロ感溢れる写真でまとめてある。『一言難盡』に比べると写真も斜め45度から撮ったものがあるなど、多少の覚悟が伺える。白の清純派から大人の男への移行を果たした感じ。しかし全身を写したアングルの写真は一枚もない。 | 1997年
『温故知新』 | 今度はセピアカラー。大胆にも全身写真を公開。Tシャツを着て、空を仰ぐポーズで写っているものも。だが、そのうち1枚は腹のラインがかなりヤバイ。Tシャツがジーンズにインの状態なのだが、目一杯食い込んでます。
しかしそれもブックレットのノド側に印刷されているので、よく見ないと分からないようにはなっている。 | 1997年
『整個八月』 | いきなりぎゅう詰めである。顔のどアップでインパクト最高!しかしこれでは体型はよく分からない。
体育会系張宇の角刈りは萌えポイント。 | 1998年
『月亮、太陽』 | いくらなんでも急にこんなに痩せるわけはない。もちろんイラストである。 | 1999年
『雨一直下』 | これと同時期に撮影されたのであろう「走様」のビデオは赤いTシャツの張宇が目にしみる感じ。佐藤的判断としてマキシム太っている状態と見た。 | 2000年
『奇跡』 | さすがにマズイと思ったのかダイエットした様子。髪の毛も伸ばし、メッシュ入れたりしてかっこいい路線に。ジャケットも初めて顔正面から写した写真を使用。やはりベスト盤ということで、覚悟決まったのか開き直りなのかわからないが、ともかく清々しいイメージである。素敵! | 2001年
『替身』 | 年齢を重ね、いよいよ大胆に。リバウンドもなく、痩せてます。ファンには嬉しいプリチーな写真満載。個人的にはパンを思いきりほおばった姿を遠慮容赦なく捉えた1枚が秀逸と思います。鼻の穴全開で、はっきり言ってこれは萌えます。 |
●張宇紹介まんが●
黒川先生の状態を観察するだけで楽しいという漫画かも…。 軽さを誇る当サイトにしてはこのページ、すっごいスクロールです。
ゆっくりプロフィール、ディスコグラフィー等を読んで画像が表示されてからどうぞ!
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